Monthly Archives: 4月 2018

映画『ワンダーストラック』にみる、映像の色と記憶の不思議な関係

「夢の色」は年代によって異なる
皆さんの夢には色がついていますか?それとも古い映画のように色のないモノクロ映像でしょうか?

アメリカ心理学会(APA)で発表された「夢の色」に関する調査によると、被験者の年代によって顕著な違いが見られたそうです。

1993年と2009年に、10代から80代までの被験者を対象に行われた調査によると、カラーの夢を見ると答えた被験者は、1963年以降に生まれた人が約80パーセントを占め、1949年よりも前に生まれた人は20パーセント程度だったといいます。

アメリカでは、1930年代からカラー映画が制作されるようになり、1954年にテレビでカラー放送が始まりました。この調査を行った心理学者たちは、世代間における夢の色の違いは、カラーテレビの普及によるものではないかと述べています。

夢は記憶の断片から作られる
私たちが見る夢は、記憶の断片をつなぎ合わせたものだと考えられています。記憶の断片とは、その人が目覚めている間に各種感覚器を通して、脳に蓄積された情報のこと。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚といった五感だけでなく、痛覚、温度感覚、平衡感覚、落下感など、さまざまな情報が脳に蓄積されています。

夢とは、目覚めている間に取り入れた感覚の情報が再現されるものと考えることができますが、「夢を見る」というように、夢に感触や匂い、味を感じる人は少ないようです。

他の哺乳類と異なり、人間はさまざまな感覚の中でも、特に視覚、色覚が発達しています。周囲の様子を認識・理解する際、主に視覚を働かせます。そのため、脳に蓄積された視覚情報には、テレビ視聴による記憶も多く含まれています。さらに、実際に見たものだけでなく、想像によって創り出した情報も含まれています。

映像の色が与える効果
日本では、1970年代にはカラー映画が主流となり、一般家庭にカラーテレビが普及しました。当時のテレビはブラウン管でしたが、21世紀に入ると、液晶、プラズマなど薄型・大型カラーテレビが普及します。ハイビジョン、3D、4Kなど、私たちを取り巻く映像は、ますます美しくなり、パソコンやスマートフォンでも気軽に動画を楽しめるようになってきました。

その一方で、1980年代から、スティーブン・スピルバーク監督の『シンドラーのリスト』など、モノクロの映像が与える効果を狙って製作者側が意図的にモノクロを選んだ作品も登場します。モノクロ映像は、カラー映像が普及する前の時代を映し出すのに適した手法だと言えるでしょう。

1977年と1927年が交差する物語

映画『エデンより彼方に』『キャロル』などで知られるトッド・ヘインズ監督の新作『ワンダーストラック』も、モノクロ映像の効果を取り入れた作品です。本作では、1977年のミネソタに住む少年ベンと、1927年のニュージャージーに住む少女ローズという2人の子供たちを主人公に、2つの物語が交互に語られていきます。

 

1977年のベンは落雷で聴力を失い、1927年のローズは生まれた時から耳が聞こえません。ベンの物語はカラー映像、ローズの物語はモノクロ映像、2つの時代を行き来する壮大な世界観のなか、最後に2人の主人公を結ぶ謎が明かされていきます。

 

映画の楽しみ方は人それぞれですが、映像の色と記憶の不思議な関係に想いを巡らせてみてはいかがでしょうか?
https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0407/aab_180407_8158529258.htmlより転載

 

中学不登校、思い当たらないきっかけ 激しい「いじめ」なくても

中学時代の1年余りのほとんどを自宅で過ごした。もう一度やり直したいとは思わない。「だって、その後に高校でできた友だちと出会えなかったかもしれないから」。どうすれば良かったのか、答えは分からない。

福井県福井市の男性(22)が淡々と振り返り始めた。

小学5年生になったころから、一部の子どもに悪口を言われたり、無視されたりした。「嫌だったけど、我慢できた」。他の子どもとは普通に話したり、遊んだりできていた。所属していたサッカークラブの練習や試合で土日も忙しく、仲間とボールを追い掛ける毎日が楽しかった。

中学1年の秋、急に学校に行くのがつらくなった。サッカー部に入り、クラスの友だちともうまくいっていた。勉強もそこそこできて、特に社会が好きだった。きっかけは思い当たらない。朝起きて、準備しようとすると、頭や腹が痛くなった。週1回は休む状態が数週間続き、その後全く行かなくなった。

両親や、同居していた祖父母、担任の教師は、無理に学校に行かせようとしなかった。食事以外は自分の部屋にいて、ベッドに横になって、テレビを見たり、ゲームをしたり、漫画を読んだりして過ごした。1カ月に1回ぐらいは小学校からの友だちが遊びに来て、部屋で一緒にゲームをした。

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中学3年になり、学校の相談室に不定期で通い始めた。自宅から離れた昼間の定時制高校に進み、卒業後に職業訓練施設に1年間通った後、物流関係の会社に就職した。初めての職場は希望していた部署ではなく、倉庫内の作業だった。「面白くはなかったが、嫌というほどじゃなかった」

1年目の冬、配置換えになった新しい職場で同僚とうまくいかなかった。そんなつもりはないのに、「やる気がない」「仕事が遅い」ときつく言われた。それが嫌で約1カ月休職し、病院で適応障害と診断された。元の職場に戻ったが、別の病気で手術が必要になり、また休職。「職場に迷惑をかけられない」と感じ、退職した。2年目の夏前だった。両親は「1年間は頑張った」と認めてくれた。怒られるのを覚悟していたが、意外だった。

退職後、中学時代のような生活に戻った。「違うのは、ベッドで横にならなくなっただけ」。ゲームや調べ物でずっとパソコンに向かって過ごした。アルバイトを始めたが、数日しか続かなかった。

家族と食卓を囲み、時には1人だったり、友だちとだったりで近府県にドライブに出掛ける。自分がひきこもりかと問われると、「そう言われれば、そうかもしれない」。

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もし、会社を辞めていなかったら、配置換えがなかったら、と考える時がある。大学に行ったり、就職したりしている友だちと自分を比べて、落ち込むときもある。

男性は今、発達障害のある人を主な対象にした就労継続支援B型事業所「さくらハウス」(福井市)に通っている。「将来は元のように働きたいが、ずっと続けられるか心配。まずは(事業所で)毎日仕事ができるようになりたい」

さくらハウスの施設長で臨床心理士の田中和代さんは「激しいいじめや虐待がなくても、少しの意志の弱さから、不登校やひきこもりになる場合がある。食事の支度や掃除など、まずは身の回りのことを自分でやるよう促すのも自立に向けたトレーニングになる」と強調した。

https://news.goo.ne.jp/article/fukui/region/fukui-20180409094933562.htmlより転載